昨日、個人的にとても良いニュースだと思った記事がありましたので、ご紹介させていただきます。簡単に言うと、
「王子様」という奇抜な名前に悩んできた山梨県の高校生が、卒業を期に家庭裁判所に改名を申し立て、許可された
という内容です。
「生きていくの苦しい」 キラキラネームを改名(2019年3月9日・読売新聞オンライン)※1
ご本人が新旧の実名を公表されていて、地元紙には「顔出し」で登場されていました。
改名「王子様」を「肇」に 県内高3が決意(2019年3月9日・山梨日日新聞電子版)※2
さらに、報道に先立ち、ご自身のツイッターでも、
「ハァァーイ!!!!! 名前変更の許可が下りましたァー!!!!!!!!」
というコメントとともに、家裁の審判書の写真を公開されていたので、よほど喜びが大きかったのだと思います。
読売記事の結びにも、
“「自分の名前に悩んでいる人に勇気を与えたい」と晴れやかな表情で語った。”
とありますが、確かに同じ悩みを抱えている方は、決して少なくないことでしょう。そして、法的に救済の手段が存在している事実が周知されることには、大きな意義があると思います。
ところで、あなたは
「キラキラネーム」
という言葉をご存じでしたでしょうか?
マスコミで使われているだけでなく、既に採録している辞書もありますので、それなりに認知されているのではないかと思います。
例えば、「デジタル大辞泉」(小学館)には、こうあります。
俗に、一般的・伝統的でない漢字の読み方や、人名には合わない単語を用いた、一風変わった名前のこと。名字についてはいわない。どきゅんネーム。
「デジタル大辞泉」(小学館)
[補説]名前に使用する漢字は、戸籍法により常用漢字・人名用漢字の範囲内と定められているが、読みについての規定はなく、どの漢字も自由な読み方ができる。
同義語に「どきゅんネーム」が挙げられていますが、これはネットスラングの一種であり、
「DQNネーム」※3
と表記されるのが一般的です。実際に、
「スーパー大辞林」(三省堂)で、「キラキラネーム」を引くと、こちらを参照せよということで、
「⇒DQNネーム」
と表記されています。
そして、「DQNネーム」の項目には、
変わった名前。漫画のキャラクター名や外国名に当て字を使った名前など。キラキラネーム。
「スーパー大辞林」(三省堂)
とあります。しかし、
「DQN(ドキュン)」
には、元々侮蔑的な由来があるためか、報道等では主に「キラキラネーム」が用いられているようです。
中傷表現が許されないメディアなどでは「キラキラネーム」が好まれるものの、揶揄・侮辱の文脈で用いられがちである点は共通している。
(キラキラネーム – Wikipedia)※4
個人的には、より古くから存在していたと思われる
「DQNネーム」
の方がしっくりくるのですが、いずれも明確な定義は難しく、類型も複数存在していますので、最終的には
「常識」
の問題なのでしょう。
冒頭の「王子様」さん(現「肇」さん)とは異なりますが、漢字の本来の意味や用法を無視したり、わざわざ難しい漢字を用いるなどして、説明抜きでは
「まず読めない」
名前であることも、重要な類型の一つです。私の尊敬する知識人で、ザ・リアルインサイト2018年3月号の講演会にもご登壇いただいた、評論家の呉智英(くれ ともふさ)氏は、こうした「難読名」に、
「暴走万葉仮名」
と名付け、その問題点をかなり以前から指摘されていました。
多くの大学で講師を務められた経験から、
- 年々読めない名前の学生が増えており、特に女子名に顕著である。
- 「子」で終わる名が減り、画数が多く無理読みの漢字を使った名前が増えた。
- 暴走族名に多い方式なので「暴走万葉仮名」と呼んでいる。
- 該当する女子学生が多い大学の偏差値は、「ちょっと、あれ」である。
- 難関国立医大の教授に聞くと、「うちにはまずいない」という。
- 某有名全国紙の女性記者も、「同僚にはほとんどいませんね」と回答。
といったことを、2007年の時点で産経新聞のコラムに書かれています。※5
そして、何より重要なのは、難読名の氾濫が、
「格差の固定化」
をもたらす危険性を喝破されていることです。2010年の時点で、同氏はこう書かれています※6
“名前に教育格差、家庭格差が、すなわち階級が表れている”
“それをかっこいいと思えてしまうような親のもとで育ち、そんな環境で教育を受けてきた”
“暴走万葉仮名の名前は、その人に一生固定し、その子供にまで世襲されがちなのに、誰もこれを指摘しない”
実際にここ数年、大手メディアでも
「キラキラネームは就職に不利」※7
という認識を前提とした報道が増えているようです。
もちろん、企業側が、
「キラキラネームは採用しません」
などと公表できるわけがありませんので、断定を避ける論調が多いのですが、そもそも、採用選考においては、限られた時間と情報で結論を出さねばならないわけですから、学歴や身だしなみ等と同じく、
「わかりやすい基準」※8
が影響してしまうのは、当然のことではないでしょうか。繰り返しになりますが、おそらくこれは、
「常識」
の問題なのだと思います。その意味では、
「悪魔ちゃん騒動」※9
の際に、「悪」も「魔」も常用漢字に含まれるため、法的には人名に用いることができる※10
にも関わらず、行政(昭島市)が「親権の濫用」を理由に不受理としたことは、正しいように思えます。
その後、両親との間で係争となり、争点となったのも、
「命名権の濫用」※11
でした。
それでも、この事例は、
父親が数年後に覚せい剤取締法違反で逮捕※12
されるなど、かなり特殊なケースでしたので、我が子に面白半分で名前をつける親は、そうはいないはずだと信じたいものですが……
例えば、『ドラえもん』の作者、藤子・F・不二雄氏(故人)が、ジャイアンの妹、ジャイ子の本名を明かさなかったのは、
「同じ名前の女の子がいじめられるかもしれない」
という配慮からだったそうです。
そもそも、「のび太」からして、そのような配慮にもとづいて名付けられたのでしょう。
同様に、2000年代に人気があり、アニメ化や映画化もされた『DEATH NOTE』という漫画でも、大量殺人者である主人公には、夜神月と書いて
「やがみ らいと」
と読むという、現実にはありえない名前が与えられていました。しかし、同作品がヒットした結果、
その名前を我が子に命名※13
された親御さんが、現実に存在するようですので、いかに配慮しても効果には限界があると言わざるを得ません。
そして、古くは吉田兼好が600年以上前に、
“人の名前にしても、見たことのない珍しい漢字を使っても、まったく意味がない。どんなことも、珍しさを追求して、一般的ではないものをありがたがるのは、薄っぺらな教養しかない人が必ずやりそうなことである。” ※14
と書いていますので、こうした問題が最近始まったものだとも言い切れないようです。
ですので、せめて、歌人の俵万智(たわら まち)さんが、自らの出産・育児経験を元に詠まれたと思われる、命名を主題としたこの二首※15
「とりかえしつかないことの第一歩 名付ければその名になるおまえ」
「読みやすく覚えやすくて感じよく平凡すぎず非凡すぎぬ名」
を、命名前のご両親やご親族に、肝に銘じていただきたいものです。
「命名権の濫用」
によって、好奇の目に晒され、要らぬ苦労を強いられる子供が減ることを切に願います。同時に、
「格差の固定化」
という、より重大な問題を惹起する可能性についても、広く認識される必要があるでしょう。
以前もご紹介させていただいた呉氏の近刊、
『日本衆愚社会』※16
は、
「常識」を再考するために、最適です。ご自身が、
「正鵠を射た暴言」
と評されているように、一見過激に見えたり、暴論に思える主張も少なくありません。しかし、そのように見えるものこそ確かな知識・教養に裏打ちされているのです。これほど広範かつ高度な内容を、ここまで平易に説いた書籍はなかなかないでしょう。
そして、会員の皆様は、2018年3月号の呉智英氏講演収録映像も、是非改めてご視聴いただければ幸いです。
それでは、また。
リアルインサイト 今堀 健司
【参照・引用文献等】
※1 「生きていくの苦しい」 キラキラネームを改名(2019年3月9日・読売新聞オンライン)(Internet Archive)
※2 改名「王子様」を「肇」に 県内高3が決意(2019年3月9日・山梨日日新聞電子版)(Internet Archive)
※3 DQNネーム(子供の名前@あー勘違い・子供がカワイソ)
※5【コラム・断】難読名と偏差値(2007年9月1日・産経新聞)(Internet Archive)
※6「ナンバーワンよりオンリーワン」で「声に出して読めない子供の名前」大増殖(『SAPIO』2010年3月31日号)より
※7「キラキラネーム」の受難… 就活やビジネスで不利は本当か?(2016年7月22日・AERA.dot.)
就職活動に不利? キラキラネームの末路は(2018年5月8日・日経ビジネス)
※8 参考記事:就職面接は全くの無駄
The Utter Uselessness of Job Interviews(2017年4月8日・The New York Times)
※10 子の名に使える漢字(法務省)
※11 子供の名前はどこまで自由な命名が許されるのか(2012年6月6日・弁護士ドットコムNEWS)
※12 テレビ・新聞が完全スルーした“悪魔ちゃんの父親”窃盗逮捕「覚せい剤の前科も……」(2014年12月2日・日刊サイゾー)
※13 月(らいと)
DQNネーム(子供の名前@あー勘違い・子供がカワイソ)
※14 徒然草 第百十六段
“ 寺院の号(な)、さらぬ万の物にも、名を付くる事、昔の人は、少しも求めず、たゞ、ありのまゝに、やすく付けけるなり。この比は、深く案じ、才覚をあらはさんとしたるやうに聞ゆる、いとむつかし。人の名も、目慣れぬ文字を付かんとする、益なき事なり。何事も、珍しき事を求め、異説を好むは、浅才(せんざい)の人の必ずある事なりとぞ。”
徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋訳)
※15 『プーさんの鼻』(文庫版)(俵万智著・文春文庫・2008年)より
※16 『日本衆愚社会』(呉智英著・小学館新書・2018年)
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