前回及び前々回の記事には、多くの反響をいただき、改めて新型コロナワクチンへの関心の高さを実感いたしました。
多くの皆様に、様々なご意見や情報をお寄せいただいたこと、私のお伝えしたかった点をご理解いただけたことに、改めて感謝申し上げます。
さて、皆様も報道等でご存じだと思いますが、日本国内のワクチン接種が急加速しています。
現在も他の先進国より大きく出遅れた状況こそ変わっていないものの、累計接種回数は2888万回を超え、1回目の接種を終えた方が約2076万人、2回目の接種まで完了された方が約812万人となりました(6月17日時点)。 *
実は、5月上旬に菅首相が「1日100万回の接種」を目標とする考え*2
を表明した際、個人的には「到底無理だろう」と思っておりました。しかし、その後1日あたりの接種回数は私の予想を裏切る急拡大を見せます。
現段階で最も多かったのは今月9日の88万回ですが、 *3
河野太郎行政改革相は同17日、「1日100万回接種」が近く実現するという見通しを示しており、週明けの21日から職場接種が本格的に始まることで、そのペースはさらに上がると予測されています。 *4
当初「480万人が対象」とされていた医療従事者の接種も累計で968万回を超え、1回目の接種を終えた方が約543.9万人、2回目まで完了された方が約424.6万人となっています(いずれも6月17日時点)。 *
当初の見込みより拡大した1回目の人数を分母としても、すでに「接種完了」された方が78%を超えた計算です。
それでも、まだ新型コロナワクチンに様々な不安をお持ちの方は少なくないことでしょう。
これまでにないタイプのワクチンが、急ごしらえで登場したことに加え、危険だとする主張も溢れているので、それも当然のことだと思います。
納得できるまでワクチン接種を受けないというお考えの方もいらっしゃるでしょうし、我が日本ではワクチン接種が義務化されているわけではありません。これは、厚生労働省も強調しています。
ただし、同省が
“ 職場や周りの方などに接種を強制したり、接種を受けていない人に差別的な扱いをすることのないようお願いいたします”
と注意を促し、「職場におけるいじめ・嫌がらせなどに関する相談窓口」や「人権相談に関する窓口」まで紹介 *5
しているのを見ると、残念ながら同調圧力による「事実上の強制」というべき事態はすでに生じてしまっているようです・・・
“ 様々な情報が錯綜していて、何が正しいのかわからない”
という率直なご意見もお寄せいただきましたが、最も重要なことは、事実に基いて、自分の頭で考え続けることだと思います。
そのためには、情報のアップデート(更新)も意識的に続ける必要があります。
そこで、今回は少し視点を変えて、「反ワクチン=ワクチン忌避」は、歴史的に繰り返されてきたもので、最近始まったものではないこと、
そして、
すでに各国政府や情報機関等によって様々な「情報工作」の実態が明らかにされていることについて、
簡単にご紹介したいと思います。
まず、ワクチン忌避についてですが、オンライン百科事典ウィキペディア日本語版にも、同名の記事があります。 *6
履歴を確認してみると、英語版の「Vaccine hesitancy」という記事 *7
の翻訳として、コロナ・パンデミック前の、2019年3月につくられたものであることがわかります。
また、英語版の元記事が最初に作成されたのは2005年のことで、その後も膨大な更新を経ているため、
それを元にした日本語記事も非常に読み応えのあるものになっています。
ご一読いただくと、ワクチンへの反発は、少なくともワクチンや予防接種そのものと同程度に古く、300年前から存在している事実をご確認いただけます。
なお、最初の予防接種といえば、歴史の教科書にも登場する英国の医師ジェンナー(1749 – 1823)が、天然痘の予防方法として、牛痘を接種する
「種痘法」
を開発したことが広く知られていると思います。
有名なジェンナー像が種痘をしている少年 *8
は、実はジェンナーの息子ではない(!) *9
そうですが、天然痘よりはるかに死亡率の低い牛痘といえども、病原体を植え付けられることには、当時から大きな反発があったようです。
得体のしれないもの(あるいは毒にしか見えないもの)を拒否するのはむしろ生物として当然のことかもしれません。
日本で種痘を広めようとした人々にも、こうした反発を乗り越えるために多大な苦労があったことを取り上げた手塚漫画があります。
皆様は幕末を舞台にした
『陽だまりの樹』 *10
という1980年代の手塚作品をご存じでしょうか?
タイトルの「陽だまりの樹」とは、水戸の碩学、藤田東湖の家の庭にあった桜の木のことで、幹が腐って倒れかけていることから、終焉の近づいた幕藩体制を暗示する存在と位置づけられています。
主人公の一人は実在の人物、それも手塚治虫の曽祖父で、手塚良仙という医師なのですが、福澤諭吉と同時期に緒方洪庵の適塾(適々斎塾)に学んでいたため、
『福翁自伝』*11
にも登場しています。
物語は激動の幕末が舞台なので、もちろん様々な大事件が巻き起こりますが、その中でも、虎狼痢(ころり,コレラのこと)の大流行や、緒方洪庵が「除痘館」を開いて種痘を広め、天然痘の予防に悪戦苦闘するエピソードは印象的なものになっています。
洪庵がすでに種痘の普及に成功した大坂とは違い、江戸では
「牛痘を植えられると牛になる」
という迷信が依然根強く、種痘を受けさせるために子供は菓子で釣り、大人には米を配ったなどの涙ぐましい努力が描かれます。
新型コロナワクチン接種拡大スピードの鈍化を受けて、アメリカの連邦政府や州政府がビールや野球チケット、宝くじなどのインセンティブを用意したことや、
日本の企業や自治体が商品券の配布や割引サービスなどの「特典」を打ち出していることを見れば、 *12
時代は変われども人が考えることは同じ、と言えるのかもしれませんね。
そして、日本におけるワクチンへの警戒感の根底には、過去に起きたワクチン事故や薬害の影響があることも、否定できないでしょう。
少なくとも、ワクチン接種を拒否する自由が我が日本にあること自体は、良いことだと思っています。
それでも、「ワクチン=悪」という固定観念にとらわれて思考停止してしまう前に、医師や学者が書いた予防接種やワクチンに関する書籍・論考 *13
などにも、ぜひお目通しいただきたいと思っております。
次に、これはワクチンに限ったことではありませんが、世論を二分するような、世間の関心が高いテーマについて、外国の工作が及ぼす影響が近年拡大していることについてです。
コロナウイルスについて、すでにロシアや中国発の、多数のデマが確認されていることはご存じでしょうか?
例えば、以下のようなものです。
デマ拡散のようなフェイク情報工作はロシアの情報機関が何より得意とするところだが、今回は中国も大々的に乗り出している形跡がある”
*14
独ウェルト(4月12日)によると、中国当局はドイツ政府関係者に対し、中国の新型コロナウイルス対策を称賛するよう要求していたという”
*14
同紙(※英ガーディアン)によると、1月半ばから3月半ばまでの2カ月間に、ロシアが発信源のデマが80件確認されたという。内容は「新型ウイルスは中国、アメリカ、イギリスの生物兵器」「感染の発生源は移民」「製薬会社の陰謀」「コロナ自体がデマ」などだった”
*14
また、以下のようなものもあります。
ソーシャルメディア分析を行う調査会社グラフィカのアナリスト、メラニー・スミス氏によると、ロシアによる情報操作の拠点とされる「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」は、「QAnon」のほか、Qアノンのスローガンである「WWG1WGA(Where We Go One, We Go All)」のハッシュタグを付けた大量のツイートを 投稿した”
*15
グラフィカのスミス氏は、Qアノンの追跡は一段と困難になっているとし、「Qアノン関連アカウントと、トランプ大統領支持者のアカウント、ワクチン反対派のアカウントを識別するのは極めて難しい」と語った”
*15
トランプ前米大統領が、新型コロナウイルスのワクチン・治療法等の開発や生産・流通の
加速を目的としてオペレーション・ワープ・スピード(Operation Warp Speed,OWS)を開始したことを思い出せば、*16
「トランプ支持者」かつ「反ワクチン派」 *17
という方がいらっしゃることは皮肉にも見えます。
しかし、こうした意見を持ったり、確信を深めたりする際に、ロシアなどの「誘導工作(影響力工作)」が影響している可能性が、近年強く指摘されるようになっています。
例えば、英国のテリーザ・メイ前首相は、2017年の時点で、
「ロシアが情報を兵器化しようとしている」
と強く非難し、同盟国と対抗策を講じると宣言していました。 *18
- ロシアや中国が現実に何をしているのか
- 欧米がどれほど警戒を強めているか
- 日本はどれほど危険なのか・・・
といった点については、読売新聞の飯塚恵子氏が、2019年に出版された
『ドキュメント 誘導工作 情報操作の巧妙な罠』 *19
で明らかにされています。
様々な工作が2016年の米大統領選やブレグジットの英国民投票に与えた影響がかなり大きかったことは、もはや疑いようがないようです。
また、この4月には、EU(欧州連合)が、
「ロシアと中国のメディアが西側諸国の新型コロナウイルスワクチンに対する不信感を広めるために組織的に偽情報を流布しているとの見解」
を示したことが報じられました。 *20
これだけ見れば、何ともセコいというかいじましさすら感じてしまいますが、むしろ、ありとあらゆる種類の工作の一端にすぎないと見るべきなのかもしれません。
実際、特に工作が活発なロシア発のフェイクニュースや陰謀論が膨大な数に上ることは、すでに明らかになっています。
皆様も、ぜひご自身でお調べになってみてください。
また、ザ・リアルインサイト6月号で配信中の軍事ジャーナリスト・黒井文太郎氏インタビュー
「超地政学〜情報工作に惑わされずに激動の世界情勢を読み解く術」
では、こうした様々な工作の実態や、それに騙されないためにはどうすべきなのかまで、踏み込んでお話をうかがっています。
さらに、15日から配信を開始したばかりの国際政治アナリスト・伊藤貫氏の講演会映像
「バイデン政権でも続く米国内政の分裂 アメリカの富の偏在と腐敗した政治資金システムについて」
では、コロナ対策が奏功し、景気過熱を懸念する声すら出ていながら、根深い問題を抱えたままのアメリカの「今」と「近未来」について、実に驚くべきお話をいただいています。
会員の方は、この週末にぜひじっくりとご視聴ください。
それでは、また。
リアルインサイト
今堀健司
【参照・引用元】
* 新型コロナワクチンについて
(首相官邸)
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html
日本国内のワクチン接種状況 副反応の情報
特設サイト 新型コロナウイルス
(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/vaccine/progress/
チャートで見る日本の接種状況 コロナワクチン
(日本経済新聞)
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-japan-vaccine-status/
*2 菅首相会見 ワクチン接種 1日100万回を目標とする考え
(2021年5月7日 NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210507/k10013017981000.html
*3 「1日100万回接種」 河野氏、週内達成の見通し示す
https://digital.asahi.com/articles/ASP6K3TRQP6KULFA00L.html
※ “首相官邸のホームページによると、15日時点で1日あたりで最も多い接種回数は9日の計約88万回となっている”とありますが、日本経済新聞のサイトでは“1日あたりの接種回数は、9日が94.1万回で最も多い”としています。
*4 職場接種、申請1200万人に 「1日100万回」超す公算
(2021年6月17日 日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC161JK0W1A610C2000000/
*5 接種についてのお知らせ
(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00218.html
*6 ワクチン忌避 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3%E5%BF%8C%E9%81%BF
*7 Vaccine hesitancy – Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Vaccine_hesitancy
*8 種痘をするジェンナー像
(Britanica)
https://cdn.britannica.com/02/188502-050-B7846233/Edward-Jenner-Vaccine-Son-sculpture-Giulio-Monteverde-1873.jpg
*9 ジェンナーと種痘の歴史: 種痘発明から200年
酒井由紀子 慶應義塾大学三田メディアセンター
医学図書館 1996; Vol.43
(J-STAGE)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/igakutoshokan1954/43/3/43_3_380/_pdf/-char/ja
*10 陽だまりの樹|マンガ|手塚治虫
(TEZUKA OSAMU OFFICIAL)
https://tezukaosamu.net/jp/manga/380.html
*11 『福翁自伝』
(福沢諭吉著,青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000296/files/1864_61590.html
※ 福澤と良仙がある賭けをするエピソード「遊女の置き手紙」は傑作です。
*12 ワクチン接種特典、ビールに宝くじに銃も スピード鈍化のアメリカがあの手この手
(2021年6月6日 東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/109029
接種完了者に割引や商品券 「ワクチン特典」続々 経済活性化も期待
(2021年5月25日 産経新聞)
https://www.sankei.com/life/news/210525/lif2105250034-n1.html
*13 例えば
『反ワクチン運動の真実: 死に至る選択』
(ポール・オフィット著,地人書館,2018年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4805209216
『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』
(森戸やすみ・宮原篤著,内外出版社,2019年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4862574815
なぜ「デマ」が絶えないのか。反ワクチン運動と「噂」の研究
(2021年10月27日 Forbes JAPAN)
https://forbesjapan.com/articles/detail/37787/1/1/1
※ 全文を読むには会員登録(無料)が必要です。
*14 中国・ロシアのデマ拡散工作の実態をEUが公表。「大手製薬会社の陰謀」「そもそも感染は起きていない」 黒井 文太郎 [軍事ジャーナリスト]
(2020年5月1日 Business Insider)
https://www.businessinsider.jp/post-212269
*15 ロシア政府系組織、Qアノン陰謀論拡散か 米大統領選への影響懸念
(2020年8月25日 ロイター)
https://jp.reuters.com/article/usa-election-qanon-russia-idJPKBN25K25X
*16 トランプ政権がオペレーション・ワープ・スピードの枠組みと責任者を発表
(2020年5月15日 科学技術振興機構)
https://crds.jst.go.jp/dw/20200729/2020072924160/
*17 「ワクチンは殺人兵器」「トランプ氏が世界を救う」母親を奪った陰謀論。息子の語った後悔とは
(2021年5月31日 BuzzFeed.News)
https://www.buzzfeed.com/jp/kotahatachi/conspiracy-theory-4
*18 Theresa May accuses Russia of interfering in elections and fake news
(2017年11月14日 ザ・ガーディアン)
https://www.theguardian.com/politics/2017/nov/13/theresa-may-accuses-russia-of-interfering-in-elections-and-fake-news
*19 『ドキュメント 誘導工作 情報操作の巧妙な罠』
(飯塚恵子著,中央公論新社,2019年)
https://www.amazon.co.jp/dp/4121506529
*20 中国とロシア、偽情報で欧米 ワクチンの不信感植え付け=EU
(2021年4月29日 ロイター)
https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-disinformation-idJPKBN2CF2MR
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