こんにちは。リアルインサイトの今堀です。

少し前のことになりますが、7月6日付でお届けした

“オウム真理教事件死刑囚の死刑執行と「死刑制度」”

という記事の中で、私はこう書きました。

「なぜこのタイミングなのかは不明ですが」

続けて、

「オウム事件関連の裁判がすべて終了し、死刑囚が証人として出廷する可能性がなくなったことが大きいのかもしれません」

という推測もお伝えしています。もちろん、本当の理由は知る由もありません。

しかし、全日本国民にとって重大な出来事の一つがこの報道によってかき消されていたことに、その時点では、全く気づいていませんでした。

その重大な出来事とは、

【水道法改正案】

が衆議院で可決されたことです。

水道法改正案が衆院通過 広域化で老朽化対策急ぐ(2018年7月5日・日本経済新聞)

結果として、前回国会での成立は見送られたものの、

水道法改正案、今国会見送りへ(2018年7月13日・日本経済新聞)

事実上会期切れによる継続審議となったものですので、近い将来の成立可能性は高いでしょう。

私と同様に、

「水道法改正案の衆院通過」

にお気づきにならなかった方も、少なくないのではないでしょうか。ネット検索でご確認いただければ、大手マスコミの報道の少なさに驚かれると思います。先程の日経記事も実に簡素なもので、紙面で言えば、

「ベタ記事」

扱いでしょう。

さらに、

  • 水道事業者は赤字体質のところが多い
  • 老朽化した水道管の更新が遅れている

という問題点を挙げているのですが、

  • 広域化して経営の効率化をはかる
  • 民間企業に運営権を売却できる仕組みを盛り込んだ

ことによってこれらの解決が実現するかのような書きぶりです。

本当にそうでしょうか?

実は、1980年代から

「水道民営化」

の試みは世界各国でなされてきました。その結果、起こったことは、実に惨憺たるものです。

世界の事例を見てみると、民営化後の水道料金は、ボリビアが2年で35%、南アフリカが4年で140%、オーストラリアが4年で200%、フランスは24年で265%、イギリスは25年で300%上昇している

堤未果著『日本が売られる』P.17

高騰した水道料金が払えずに、南アフリカでは1000万人が、イギリスでは数百万人が水道を止められ、フィリピンでは水企業群(略)によって、水道代が払えない人に市民が水を分けることも禁じられた。

堤未果著『日本が売られる』P.17

ここに登場する「水企業群」には、あなたもご存じの日本の大手企業の名前も挙がっています。

そして、民営化による弊害は料金の高騰だけではありません。安全性を含めた水質の問題も多数生じています。

水道事業の24%が民営化されているアメリカでは、1998年に水道を民営化したジョージア州アトランタ市が、<水道から泥水が噴出する><蛇口から茶色い水が出てくる>などの苦情が多発したため、5年後の2003年に再び市営に戻すことを決定、痛い目に遭っている

堤未果著『日本が売られる』P.22

さらに、最も早い段階で水道が民営化された南米では、ボリビアのように反対運動が暴動(コチャバンバ水紛争)にまで発展した例すらあるのです。

結果として、世界的潮流は

水道再公営化

に向かっているのですが・・・、

これまでにもお伝えした通り、これに逆らって「水道民営化」を加速させようとしているのが、情けないことに、我が日本です。

そして、実は、我が国における「水道民営化」も、7月5日の衆院での法案可決で突然始まったわけではありません。以前から着々と進められてきたものなのです。例えば、麻生副総理兼財務大臣のこの発言をご存じでしょうか?

2013年4月に麻生太郎副総理が「世界中ほとんどの国で民間会社が水道事業を運営しているが、日本では国営もしくは市営・町営である。これらを民営化したい」という主旨の発言をしている

政府が検討する「水道事業」民営化の不安要素(2018年9月30日, NEWSポストセブン)

驚くべきことに、この記事で紹介されている麻生氏の発言がなされたのは、米国の戦略国際問題研究所(CSIS)においてです。

CSIS Live(※水道民営化に関する言及は48分頃〜)

重要閣僚が、このような発言を外国でしていることについて、当の日本国民が殆ど知らないままだとしたら、とても恐ろしいことではないでしょうか。

そして、水道法の改正案が衆院を通過した時期は、皆様のご記憶にも新しい

「平成30年7月豪雨」(気象庁命名)

の真っ只中でもありました。このような災害の最中に、最重要なインフラを破壊しかねない決定がなされたことになります。

また、水道法改正案が審議入りしたのは、6月に発生した大阪北部地震によって大きな被害が出たことで、

「老朽化した水道」

という問題がクローズアップされたためだという指摘もありました。

オウム死刑執行とW杯に埋もれた「水道民営化」問題の“重要発言”まとめ(2018年7月7日, 文春オンライン)

それどころか、世界の現代史を振り返れば、こうした災害による混乱を利用して、急進的な改革が強行される例が多いのです。カナダ人ジャーナリストのナオミ・クライン氏が2007年(邦訳は2011年)に著した、

『The Shock Doctrine (ショック・ドクトリン)』

という書籍があります。この言葉は、

「惨事便乗型資本主義」

と訳されていますが、徹底した市場原理主義・金融資本主義を主張した経済学者ミルトン・フリードマンの

真の変革は、危機状況によってのみ可能となる

という言葉を批判して、クライン氏が名付けたものです。

大規模なショックあるいは危機をいかに利用すべきか。フリードマンが最初にそれを学んだのは、彼がチリの独裁者であるアウグスト・ピノチェト陸軍総司令官の経済顧問を務めた一九七〇年代半ばのことだった

『ショック・ドクトリン〈上〉――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』P.7

同書では、ピノチェト大統領が軍事クーデターによって政権を掌握した1970年代の南米チリで、フリードマンと、その弟子筋にあたる「シカゴ・ボーイズ」が何を行ったのかを皮切りに、イラク、ロシア、アジア諸国、アフリカ諸国における広範な事例が取り上げられています。

ハリケーン災害の混乱に乗じて教育改革が強行されるなどした米国も、決して例外ではありません。

経済評論家の三橋貴明氏は、この「ショック・ドクトリン」が日本でも用いられた事例として、

「再生可能エネルギーの固定価格買取制度」

を挙げられています。

ザ・ショックドクトリンといえば、我が国では文句なしでFIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)でございます」

FIT 発電税の導入を!(2017年7月1日, 新世紀のビッグブラザーへ)

東日本大震災による電力危機に対応するという名目で導入された同制度が、実は災害の混乱を利用した

「ショック・ドクトリン」

の一つであったという指摘には、説得力があると思います。また、同記事で言及されている

「レント・シーキング(rent seeking)」

とは、

「民間の営利企業が政府に影響を与え、法改正や制度改革を実行させることで、超過利潤(レント)を得るための活動」

のことです。

2001年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者ジョセフ・スティグリッツ氏は、レント・シーキングと民営化について次のように述べています。

市場原理主義者は、民営化によってエコノミストの言う「レント追求」※が減るという決まり文句を口にする。役人が政府事業の収益をかすめ取ったり、自分の友人に契約や仕事を斡旋したりすることができなくなるというのである。しかし、その言い分とは反対に、民営化は事態をいっそう深刻にしてきた。今日、多くの国では、民営化は「収賄化」だと揶揄されているほどである
※レント・シーキング

ジョセフ・スティグリッツ著『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』P.93

要するに、権力者の周囲に存在する利権を「俺達にも寄越せ」と言っているに過ぎないように思えますね。

そして、ショック・ドクトリンやレント・シーキングの問題は、これにとどまるものではありません。

2014年に86歳で亡くなった宇沢弘文(うざわ ひろふみ)氏という経済学者が提唱した、

「社会的共通資本」

という概念があります。以前にもご紹介した、

『自動車の社会的費用』

の刊行時から提唱されていたものなのですが、その定義は

「人々の生活の基盤を成し、基本的人権と関わるような自然環境・社会的装置・社会制度」

のことであり、

大気・河川・森林などの自然、道路下水道などのインフラ、医療・教育などの福祉制度を総合したもの

『宇沢弘文の経済学 社会的共通資本の論理』P.299「解説」

です。

宇沢氏が強調していたのは、

「社会的共通資本」

野放図なビジネスの対象とすることの誤りです。

ケインズの師であった英国人の経済学者アルフレッド・マーシャルが講演で用いたという有名な言葉があります。

冷静な頭脳と温かい心を持て (cool heads but warm hearts)」

京都大学レジリエンスユニット特任教授の青木泰樹(あおき・やすき)氏は、ご著作

『経済学者はなぜ嘘をつくのか』

の冒頭にこの言葉を掲げられ、経済政策の目的は、

経世済民――世を経(おさ)め民を済(すく)う

ことであるとして、「温かい心を失った」主流派経済学者を批判されています。

私は、宇沢氏こそ、

「冷静な頭脳と温かい心」

を体現された経済学者であったと思っています。しかし、残念ながら弱者への眼差しや社会への配慮を欠いた、「温かい心を失った」経済学が、さまざまな問題を世界で引き起こしてきたのが、

「冷戦後」

の世界なのかもしれません。

一部の富裕層がますます豊かになって行く中で、大多数の人々がどんどん貧しくなっていき、農業、医療、介護、教育等といった「社会的共通資本」に次々と値札がつけられています。

世界では、こうした苦境に陥った人々による抵抗のうねりが現れつつあるように思いますが、「水道民営化」のみならず、我が日本はむしろ周回遅れでこうした状況に突入しようとしているのです。

冒頭でご紹介した『日本が売られる』の著者、堤未果(つつみ みか)氏は、2008年に刊行され、ベストセラーとなった

『ルポ 貧困大国アメリカ』

で、大多数の米国民が陥っている、驚くべき惨状を明らかにされました。その後も、精力的な取材・執筆活動を続けられており、10月4日に発売されたばかりの

『日本が売られる』

では、

「水道民営化」のみならず、森友学園問題が騒がれている間にひっそりと廃止されてしまった

「種子法」

を始め、

  • 国民皆保険制度の改革
  • 混合診療の解禁
  • 放射性廃棄物の利用
  • 農業のビジネス化
  • カジノ解禁
  • 遺伝子組み換え作物の流入
  • 外国人労働者の受入拡大

等現在進行中の「危機」を多数取り上げられています。同書の目次をご覧いただくだけで、いかに多くの問題が同時に進行しているかに驚かれることでしょう。

その堤氏が、ザ・リアルインサイト2018年10月号のインタビューに登場されます。

「貧困大国アメリカの実情を我々が知らねばならない理由」
「報道されない“日本が売られる”現実」

の2つのテーマでお話をお伺いしておりますので、会員の皆様は、是非楽しみにお待ち下さい。

なお、今回ご紹介した書籍は、以下に一覧にしております。まずは、発売されたばかりの、

『日本が売られる』

から、お目通しいただければと思います。

【引用図書】
『日本が売られる』(堤未果著, 幻冬舎新書, 2018年)

『ショック・ドクトリン〈上〉――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(ナオミ・クライン著, 岩波書店, 2011年)

『ショック・ドクトリン〈下〉――惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(ナオミ・クライン著, 岩波書店, 2011年)

『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(ジョセフ・スティグリッツ著, 徳間書店,2002年)

『自動車の社会的費用』(宇沢弘文著,岩波書店,1974年)

『宇沢弘文の経済学 社会的共通資本の論理』(宇沢弘文著, 日本経済新聞出版社,2015年 ※2005年の私家版を再編集して刊行されたもの)

『経済学者はなぜ嘘をつくのか』(青木泰樹著, アスペクト, 2016年)

『ルポ 貧困大国アメリカ』(堤未果著, 岩波新書, 2008年)

また長文に戻ってしまったのみならず、まとまりのない文章になってしまい、すみません。。。
 

それでは、また。今日も皆様にとって幸多き1日になりますように。

日本のよりよい未来のために。私達の生活、子ども達の命を守るために、ともに歩んでいけることを切に願っています。

リアルインサイト 今堀 健司

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