こんばんは。リアルインサイトの今堀です。

以前、オウム真理教事件関連の死刑執行についてお届けしたメールで、

「冤罪(えんざい)」

の問題に触れました。最近、たまたま冤罪に関する書籍を二冊読んで、特にそのうちの一冊に文字通り衝撃を受けましたので、ご紹介させていただきます。6月にNHK出版から刊行された

『雪ぐ人 えん罪弁護士 今村 核』(佐々木健一著,2018年, NHK出版)

がそれなのですが、恥ずかしながらこれまで、この弁護士の方の名前すら存じ上げませんでした。

この書籍は、今年4月にNHK総合で放送された、

“ブレイブ 勇敢なる者「えん罪弁護士」”

という番組での取材内容に加筆したものですので、同番組をご覧になったという方もいらっしゃると思います。私はテレビを持っていませんので同書を読むまで知りませんでしたが、後れ馳せながら、NHKオンデマンドで視聴しました。

今村核(いまむら かく)氏という弁護士が冤罪事件の弁護を多数手がけ、これまでに

14件

の無罪判決を勝ち取っているそうです。法曹界でも刑事裁判は有罪率が

99.9%

と認識されているそうなので、一般的には弁護士を一生やっても

「無罪判決は一件取れれば御の字」

だそうです。それを14件も取っているということは、間違いなく驚異的なことなのでしょう。同書を読んで衝撃的だったのは、主に以下の点です。

  • 刑事裁判は罪状を認めた上で量刑を争うものが大半である
  • 否認事件を扱うことは全く商売にならず、積極的な弁護士は殆どいない
  • 起訴されてしまえば、検察の主張を崩すだけでなく「無罪」を立証しない限り有罪となってしまう
  • 冤罪の危険は多くの人にある
  • 冤罪が晴れたとしても、人生への悪影響が消えるわけではない

そして、あまり報道されない小さな事件でも、冤罪の疑いが存在するものは決して少なくないことを知らされました。報道だけを見ていると、殺人等の重大な事件以外は、冤罪について伝えられることが少ないですよね。

同書に登場する事例の数は決して多くありませんが、取り上げられていた中で改めて恐怖を覚えたのが

「痴漢冤罪」

です。

幸い、個人的には電車に乗る機会はあまり多くないのですが、10年以上前に見た周防正行(すお まさゆき)監督の

『それでもボクはやってない』(2007年, 東宝)

は、未だに「恐怖映画」として強く記憶に刻まれています。

痴漢が卑劣な犯罪であることは間違いありませんが、同時に痴漢冤罪もあってはならないことだと思います。

前掲書に登場する痴漢冤罪事件では、様々な鑑定を含めて犯行事実が「なかった」ことを弁護側が立証していくのですが、裁判官が重要な証拠の採用を却下したことなどもあり、一審では無情にも「有罪」判決が下されています。

その際、今村弁護士が裁判官に対し、

「よく分からないなあ。馬鹿な人だな」

と呟いたことを、あるジャーナリストがツイッターに書いたことが、大きな反響を読んだそうです(ご関心のある方は検索してみていただければ、すぐ見つかります)。

この事件で被告となった中学校の先生は、高裁で逆転無罪判決を勝ち取るに至るのですが、家族にも生徒にも支援者にも弁護士にも恵まれた稀有な例であることを考えると、改めて絶望的な気持ちになってしまいます。

というのも、同書でも紹介されているとおり、「痴漢冤罪」で逮捕されてしまった場合、嘘でも認めてしまえばすぐに罰金刑等で釈放されるケースが多いらしいのですが、事実でも否認を貫けば長期勾留され、起訴後も保釈が認められないために精神的にも経済的にも争い通すことができる人はあまりいないということです。

「それでもボクはやってない」

ではなく、

「それじゃあボクがやりました」

になってしまうケースが大半ということですね……。

同書でも、冤罪が生まれる背景として、警察、検察、裁判所等における様々な問題が紹介されています。冤罪事件で被告となった人は「裁判所なら正しい判断をしてくれる」と考えているのが一般的だそうですが、その信頼が脆くも崩れ去る現実が明らかにされています。

そもそも「無罪判決」を書くことが、裁判官にとっての負担が大きいという現実があり、結果として事件処理のスピードが鈍ってしまうと、評価にも影響して出世の道が閉ざされるという事実には、恐怖を覚えざるを得ません。

若い頃には高い志を持っていた裁判官も、徐々に「組織」に染まっていってしまうという指摘も重いものです。裁判官といえども巨大な公的機関の一員であるという意味では、「官僚」と大きく変わることはないようです。

世間ではあまり知られていない「裁判所」の中で、どのような「組織の論理」が働いているのかについては元裁判官が書いた、

『絶望の裁判所』 (瀬木比呂志著,2014年,講談社現代新書)

も参考になります。

今村弁護士の妥協を許さない姿勢と執念と呼ぶべき情熱は間違いなく称賛に値するものであり、以前ご紹介させていただいた「文庫X」(『殺人犯はそこにいる』)で、足利事件の冤罪を明らかにした、ジャーナリストの清水潔(しみず きよし)氏を思い出しました。

それでも、経済的には全く成り立たないのが冤罪事件の弁護であり、『雪ぐ人』の冒頭で紹介される、今村氏の

この先は“破滅しかないから

という言葉が深く印象に残ります。 

残念ながら、決して社会的な関心が高いとは言えない部分にも、大きな問題が隠れていることを知っていただくために、同書を是非お手に取っていただければと思います。

ここで少し視点を変えますが、「冤罪」の背景にも、「犯罪」というものに対する世論の影響は少なくないように思います。

「足利事件」の冤罪被害で懲役刑を課せられてしまった方は、釈放されるまでに、逮捕から

17年以上

もの時間が経過してしまいました。

この方が容疑者とされ、自白を強要されるに至った背景には、同地域で長年に渡って発生していた複数の事件に対する住民の怒りと、県警が受けていたプレッシャーの影響がありました(前掲の『殺人犯はそこにいる』に詳述されています)。

年少の女児ばかりを狙った一連の事件の犯人を、長期間取り逃してきた責任は決して軽いものではないでしょう。地域住民の怒りや不安ももっともなことだと思います。

しかし、こうした一部の凄惨な事件が大きく報道されることで、

「犯罪が増加し、治安が悪化している」

「凶悪犯罪や少年犯罪が増えている」

という社会不安が醸成され、世論が「厳罰化」に傾いていくことには大きな弊害もあるのです。

報道や警察の犯罪統計だけを見ていると、どうしても誤解してしまう部分があります。

例えば、

「ここ数十年で、ある種の犯罪が急激に増えた」

「殺人等の凶悪犯罪が増えた」

「犯罪の凶悪化、低年齢化が進んでいる」

とお考えの方は、決して少なくないのではないかと思います。

しかし、これらはすべて事実ではありません。

1990年代に起きた

「オウム真理教事件」
「神戸連続児童殺傷事件」
「栃木リンチ殺人事件」
「桶川ストーカー殺人事件」

などの衝撃的な事件は、それぞれ大きく報じられることになり、警察対応の不備等も批判されました。結果として、それまであまり警察が取り扱わなかったストーカー、DV、児童虐待等も、積極的に被害届や相談を受理するようになった結果、凄まじい勢いで犯罪の

「認知件数」

が増加することになります。警察がきちんと対応するようになった事自体は評価すべきですが、だからといって犯罪者が急激に増加したわけではありません。

「認知件数」は、警察がどういう事件に力を入れるかによって、大きく数字が変わるという事実自体、あまり知られていないことだと思います。

報道による印象で、「治安悪化神話」が生まれ、それがどのような問題を引き起こしたかを、ずっと指摘され続けてきた専門家がいらっしゃいます。

法務省で矯正施設、保護観察所を担当され、『犯罪白書』の執筆にも携わられた他、法務総合研究所研究官、国連犯罪司法研究所研究員等も務められた龍谷大学教授の浜井浩一(はまい こういち)氏がその人です。

『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』
『2円で刑務所、5億で執行猶予』
『刑務所の風景』
『罪を犯した人を排除しないイタリアの挑戦』
『新・犯罪論』

など、ご共著も含め多数のご著作がおありで、刑事政策、犯罪学、統計学、犯罪心理をご専門とされています。

ザ・リアルインサイト2018年9月号では、浜井浩一氏のインタビュー

「犯罪報道とメディア・リテラシー」
「犯罪防止と治安改善に本当に必要なこと」

を配信予定です。

  • 「治安悪化神話」はなぜ生まれたのか
  • 犯罪統計の正しい読み解き方
  • 業務統計調査統計の違いとは
  • 日本の犯罪は減り続けている
  • 若年層の減少では説明できない犯罪減少
  • 増えているのは少年ではなく高齢者の犯罪
  • 少年院、刑務所は既に閉鎖され始めている
  • 犯罪報道の問題点と注意すべきポイント
  • 「異質なモンスター」という視点?
  • ・治安改善に本当に必要なこと

「犯罪」、「治安」についての正しい事実認識は重要ながらなかなか広まっていない部分もあるようです。日本だけでなく世界的な潮流として起きている最新状況も踏まえ、知られざる事実と真の問題をじっくりとうかがいました。

会員の皆様は是非楽しみにお待ち下さい。

今回ご紹介した書籍も以下に一覧にしておりますので、是非ご活用いただければ幸いです。

【引用図書】

『雪ぐ人 えん罪弁護士 今村 核』(佐々木健一著,2018年, NHK出版)

『殺人犯はそこにいる』(清水潔著,2016年,新潮文庫)

『新・犯罪論 ―「犯罪減少社会」でこれからすべきこと』(荻上チキ・浜井浩一著,2015年,啓文社書房)

『絶望の裁判所』(瀬木比呂志著,2014年,講談社現代新書)

『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』(浜井浩一・芹沢一也著,2006年,光文社新書)

それでは、また。今日も皆様にとって幸多き1日になりますように。日本のよりよい未来のために.私達の生活、子ども達の命を守るために、ともに歩んでいけることを切に願っています。

リアルインサイト 今堀 健司

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