本日で、東日本大震災の発災から丸9年を迎えました。改めて、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

安倍首相は今月7日、福島の避難解除地域を訪問されました。鉄道や高速道路などのインフラ整備も進んでいるということで、住民の帰還促進や廃炉作業等の、

「復興への効果」

が期待されているという常磐自動車道の「常磐双葉インターチェンジ」の開通式にも出席されたそうです。しかし、
 
“ 開通式は、当初、一般客も招いて行われる予定でしたが、新型肺炎の感染防止のため、一般客の入場をなくすなど、規模を縮小して開催されることになったそうです” *

ということで、残念ながら新型コロナウイルスは、様々な方面に大きな影響を及ぼし続けています。

そんな中、発生源である中国では、習近平国家主席が10日、ウイルス発生後初めて武漢を訪問し、

“ 医療スタッフに「ウイルスのまん延、拡散の勢いは基本的に抑え込んだ。防疫の情勢は次第に良くなっている」という認識を明らかにした” *2

そうです。

“ 新型ウイルスの感染拡大が2カ月以上前に始まってから、習氏が武漢を訪れたのは初めて。世界各地で感染が拡大するなか、中国はピークを超えたという国営メディアの見解を裏付ける狙いがあるとみられる。” *3

“ 国家衛生健康委員会によると、9日に湖北省で新たに確認された感染者は17人にとどまり、同省以外では外国への渡航に関連した患者が2人報告されたのみだった”(同上)

と、

「事態収束をアピール」

しているわけですね。しかし、欧州で最多となる9000例超の感染者が確認されているイタリアでは、

“ (ロンバルディア州の)医療現場は「崩壊の一歩手前」にあると語り、「今や廊下での集中治療態勢整備を強いられている」「病院の区画は全て重症者のために開放した」と説明。今の状況を「患者の津波」状態と形容した。” *4

と報じられています。

財政赤字の削減のため、過去5年の間に約760の医療機関が閉鎖していて、医師5万6000人、看護師5万人が不足しているという” *5

ということで、医療体制が脆弱となっている環境で危機が発生してしまったという恐るべき事態です(不況下での緊縮財政が、公衆衛生上の危機をもたらす事実については、オックスフォード大学のデヴィッド・スタックラー教授らが、『経済政策で人は死ぬか?』*6 という著作で詳細に論じています)。

のみならず、各地の刑務所で暴動が広がるなど、イタリア中が大混乱に陥っているようです。

そして、WHOのテドロス事務局長も遂に、

“「パンデミックの脅威は非常に現実的になってきた」” *7

と発言するに至りました。

ここで、少し視点を変えて、

「人類と疫病の戦いの歴史」

を見てみたいと思います。

生理学者、進化生物学者、生物地理学者のジャレド・ダイアモンド氏は、ベストセラーとなった

『銃・病原菌・鉄』(原題:Guns, Germs and Steel) *8

のプロローグを、ニューギニア人の有力者、ヤリという人物から投げかけられた質問に、答えられなかった経験から書き起こしています。

その質問の一つ目は、

「なぜ自分の故国はヨーロッパの植民地になったのか」

もう一つは、

「白人はたくさんの積荷を持ちこんだが、自分たちには自分のものといえるものがないのはなぜか」

というものでした。

その答えを簡単にまとめると、タイトル通り「銃、病原菌、鉄」ということになるのですが、実は、この内でもっとも猛威を奮ったのが、

「病原菌」

なのです。

ヘブライ大学教授のユヴァル・ノア・ハラリ氏は、著作『ホモ・デウス』(原題:Homo Deus: A Brief  History of Tomorrow)で、14世紀に流行した黒死病(ペスト)が、ユーラシア大陸の人口の四分の一を超える死者を出したことに触れた後で、このように書いています。

“ この病気は史上最悪の疫病ですらなかった。アメリカ大陸やオーストラリア大陸、太平洋の島々は、ヨーロッパ人が初めて到来した後、黒死病以上に壊滅的な感染症に見舞われた。探検家や移住者は知らず知らずのうちに、先住民には免疫のない新たな感染症を持ち込んだ。その結果、地元の人々の最大で九割が亡くなった” *9

さらに、『サピエンス全史』(原題:Sapiens: A Brief History of Humankind)では、

「農業革命」

によって、人類が動植物を家畜化・栽培化したことにより、永続的な定住を初めて以来、

“ 平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。” *10

として、

“ 農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ。(中略)犯人は、小麦、ジャガイモなどの、一握りの植物種だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ” (同上)

とまで書いているのですが、この農業革命は同時に、その後長きに渡って続く、人類と疫病の戦いの歴史のスタートでもあったのです。

“ 古代の狩猟採集民は、感染症の被害も 少なかった。天然痘や麻疹(はしか)、結核など、農耕社会や工業社会を苦しめてきた感染症のほとんどは家畜に由来し、農業革命以後になって初めて人類も感染し始めた” (同上)

それでも、

ハラリ氏は、人類が歴史上苦しめられてきた疫病との戦いに、すでにほぼ勝利しつつあることを明らかにした上で、

“ 2002~2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)、2005年の鳥インフルエンザ、2009~2010年の豚インフルエンザ、2014~2015年のエボラ出血熱という具合に、数年おきに新しい疫病になりかねない病気が発生し、私たちを慌てさせる” *9

“ 新たなエボラ出血熱が発生したり、未知のインフルエンザ株が現れたりして地球を席巻し、何百万もの人命を奪う ことがないとは言い切れないものの、私たちは将来そういう事態を、避けようのない自然災害と見なすことはないだろう。むしろ、弁解の 余地のない人災と捉え、担当者の責任を厳しく問うはずだ” (同上)

として、2014年のエボラ出血熱流行時にWHOや国際社会全体に寄せられた批判に触れ、

“ こうした批判は、人類には疫病を防ぐ知識と手段があり、それでも感染症が手に負えなくなったとしたら、それは神の怒りではなく人間の無能のせいであることを前提としている” (同上)

とも述べています。

また、ハーバード大学心理学教授のスティーブン・ピンカー氏も、『21世紀の啓蒙』(原題:ENLIGHTENMENT NOW)で、膨大な統計データや先行研究を整理し、

「戦争も、飢餓も、貧困も、暴力も減り、人々は健康・長寿になり、知能さえも向上して、安全な社会に生きている」*11

ことを強調しています。

しかし、これは様々な人類の脅威がなくなったことを意味するわけでは決してなく、様々な人々の不断の努力と協力にかかっているという点こそが重要です。

その意味では、現実には対応する能力があっても、不作為や誤った対応によって、防げたはずの被害を生じさせてしまったり、拡大させてしまうことがあり得ます。現に、今の日本の問題は、この部分にある可能性が高いのではないでしょうか。

そして、英国のサイエンス・ライター、マット・リドレー氏の

“ もしこの世の中についての支配的な神話や、私たちの誰もが犯す大きな過ちや、盲点というものが一つあるとすれば、それは、世界は現実をはるかに上回る程度まで物事が計画されている場所であると、誰もが思い込んでいることだろう。その結果、私たちは再三にわたって因果関係を取り違える。風があるのはヨットのせいだと文句を言ったり、ある出来事を引き起こしたのはそこに居合わせた傍観者だと言ってその人を称えたりする” *12 

危機が発生すれば、(失態ではなく)陰謀が目に映る。私たちは、人々や組織や機関がつねに主導権を握っているかのように、世の中の事柄を記述するが、多くの場合、実はそうではない”(同上)

という言葉のとおり、社会の全てが誰かの思惑通りに動いたり、全ての問題に、常に完璧な対応がなされる、などということはあり得ないのです。

様々な混乱は生じ続けるという現実を前提に、注意深く事態を見守りつつ、冷静に行動することこそ重要だと思います。

オリンピックへの影響ももちろんですが、現在の最大の問題は、感染対策のための

「自粛要請」 *13

等により、日本経済が大打撃を受けていることにあります。

対策に万全を期すこと、遅れや不手際があっても、最大限の努力を続けることは必要ですが、そのために生じる損失を、

「全て補填する」

位の断固たる姿勢を政府が示さなければならないはずです。

政府は、多くの批判に対応し、所得補償等を徐々に打ち出してはいますが、*14 まだまだ万全とは言い難いでしょう。今こそ、大規模な財政出動が絶対に必要です。

世界経済への打撃拡大という見通しを受け、既に株価も大きく崩れ始めています。9日(現地時間)のNYダウ平均株価は、

「史上最大」

となる2013・76ドルの下げを記録し、サーキットブレーカー(取引の一時停止措置)が発動する事態となりました。 *15

日経平均株価も、この1か月ほどですでに4,000円近く下げています。そもそも危険な水準に達していた株価は、バブルであった可能性が高く、その崩壊の引き金は、コロナウイルスによって既に引かれてしまった可能性があります。

これが、大規模な信用収縮につながり、11年前の金融危機(リーマン・ショック)のような事態が再来する可能性は、日に日に高まっているようです。

前述の『経済政策で人は死ぬか?』では、不況そのものよりも、その後の対策がきちんとなされないことの方が、多くの人命を失わせる要因となる事実が明らかにされています。

我々国民は、既に到来してしまった危機に対し、正しく、十分な政策が発動されることを、政府に求め続けていかなければならないでしょう。

それでは、また。

リアルインサイト 今堀 健司

【引用・参照元】

* 安倍首相が福島の避難指示解除地域を訪問 新型コロナで厳戒態勢(2020年3月10日・FNN PRIME)

*2 習主席が武漢初視察 新型コロナ「拡散抑えた」―中国(2020年3月10日・時事ドットコム)

*3 習近平氏、ウイルス発生地の武漢を訪問 事態収束をアピール(2020年3月10日・CNN.co.jp)

*4 イタリア全土で移動制限 刑務所で相次ぐ暴動、医療現場は崩壊寸前(2020年3月10日・CNN.co.jp)

*5 【報ステ】イタリアで感染者が急増 その理由は・・・(2020年3月10日・ANN NEWS)
 ※動画です

*6 『経済政策で人は死ぬか?: 公衆衛生学から見た不況対策』(デヴィッド スタックラー他著,草思社, 2014年)

*7 「パンデミック 非常に現実的に」WHO事務局長 制御可能とも(2020年3月10日・NHK NEWS WEB)

*8 『銃・病原菌・鉄 (上)』(文庫版)(ジャレド・ダイアモンド著,草思社,2012年)

『銃・病原菌・鉄 (下)』(文庫版)(ジャレド・ダイアモンド著,草思社,2012年)

*9 『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来(上)』(ユヴァル・ノア・ハラリ著,河出書房新社,2018年)

『ホモ・デウス:テクノロジーとサピエンスの未来(下)』(ユヴァル・ノア・ハラリ著,河出書房新社,2018年)

*10 『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福(上)』(ユヴァル・ノア・ハラリ著,河出書房新社, 2016年)

『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福(下)』(ユヴァル・ノア・ハラリ著,河出書房新社,2016年)

*11 『21世紀の啓蒙: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩(上)』(スティーブン・ピンカー著,草思社,2019年)

『21世紀の啓蒙: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩(下)』(スティーブン・ピンカー著,草思社,2019年)

*12 『進化は万能である──人類・テクノロジー・宇宙の未来』(文庫版)(マット・リドレー著,早川書房,2018年)

*13 中旬再開予定の国立博物館やディズニー、延期検討に大わらわ…自粛要請延長で(2020年3月10日・読売新聞)

*14 <新型コロナ>個人事業主 収入激減 自粛・休校直撃 悲鳴(2020年3月10日・東京新聞)

*15 NYダウ、史上最大の下げ幅 取引の一時停止が初発動(2020年3月10日・朝日新聞DIGITAL)

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